日本という国でゲイがいまどのくらい認められているのか、正確にはわからない。法律的にはまったくだが、じゃあ世間的にはどうだろう。ゲイであることで感じる不自由の度合いはゲイ個人によってまちまちで一概には言えない。
会社の場合、一般的にはカムアウトして働いている人はほとんどいない。(友達にもいるけどね)少なくとも職場ではバレないように皆注力していることが多い。そんな中で俺も正社員で働きながら、もちろん隠して働いた。休息時間にいろんな話をしながら、「あー。この人と仲良くなりたいなあ」って思った。バレないようにうまく付き合っていけないかなあと思案した。
このブログは当時ももちろんやっていた。写真には今と同じように顔を出していた。日本のゲイブログでは顔を載せないことが常識だ。今はノンケの間でもそういう風潮だ。でも、俺はブログ開設時から「顔」はどうしても載せたかった。俺は小さい頃から絵を描くのが好きで、特に似顔絵を描くのが好きだった。そして、カメラを手にしても風景写真には興味が湧かなくて現像した写真を見返してもすべて人の顔が写っているものばかり。“食べたもの”より“それを食べてるきみの表情”が撮りたかった。かっこいいとかかわいいとかそんなんじゃない。
ただ顔の見える人の言葉を読むことが俺は好きだ。だから、リスクはあるけれど写真付きのブログは今もずっと続けてる。
会社のなかでうまく立ち回れないことばかりだったけれど、それでも仲良くなりたい人が数人できた。会社を辞めた日、メールを交換した人と電話をかけてきてくれた人と手紙をくれた人がいて、俺はしがらみがないことに乗じて「俺、実はゲイ…なんだけどいいかな」って、そこから同僚が友達に変わっていった。
仕事のことでアレハンドロ君に最近助けてもらうことが多くて、そしたらこのグループとの出会いに改めて感謝したくなったのよ。
12月はまほろばくんはけっこう長く福岡に滞在していたんだけど、朝と夜に顔を合わせるだけだったせいか2人で出かける機会は少なかった。それでも土曜日には友達を呼んでみんなでかぶりものをして仮装してカレー鍋を食った。まほろばくんは神戸在住の学生なんだけど、卒業後一緒に暮らすため福岡で就職活動をしている。俺が専属医による治療が必要な病気だから福岡に住む必要があるとはいえ、友達に話すと大抵はびっくりされる。でも、付き合うまでの変遷を考えるとなんだかそっちのほうがしっくりくる。彼が俺のサイトの掲示板に書き込みをくれてからほどなくしてメールと電話でやり取りするようになったけれど、疑似恋愛のようなものは生まれなかった。- まほろばくんはそれどころじゃなかった – と書くと彼に怒られそうだけど、彼は”学校”と”家庭”と”人生”でとんでもなく悩んでいて、”ゲイとして生きることについて”の質疑応答で3、4時間メールをしていて不覚にもスタバで涙がでたことを覚えている。いまならもっと適当に対応するだろうけど、当時の俺はそんな器用さはなかった。結果、彼の相手が務まらなくなって1年と半年連絡を絶つことになった。しかし1年前、毎日に希望が見いだせずにいた俺はなんとなく彼に「ひさしぶり」とメールを打った。折り返し、久しぶりに彼の声を聞くと心にじわーっと何か溢れてくるものがあった。そうそう!これだよ!人生に必要なものって!!道ばたのガードレールにもたれて2時間話した。総理大臣が2回変わる間に互いが目指すものも変わっていた。たまにケンカはするけれど、話していないときに話せる人は彼しかいないと思ったのだ。暮らすのだ。一緒に暮らすのだ。