恋人だろうが友達だろうが、家族だろうが仕事だろうが、遠距離ということがマイナスに働くことは確かに多い。昔付き合った相手は、”当時東京に住んでいる友達しかいなかった俺”に「友達は近場に作るべき」と諭してきた。そのとき、俺は「たまにしか会えない東京の友達だけど心はしっかり繋がっている」って言い返したけれどすごく悔しかったのを覚えている。
それから何年も経つけど今は逆にこう思う。「浅くてもいい。なんでもいい」
“深い”とか”浅い”とか”会う回数”とか”メールする回数”とか、そりゃ俺も気になることもあるけれど、でもそんなことがどうでもいい。俺はその東京の友達を週末に誘えないのは寂しいとは思うけど、あの古いゲイ映画を観ながらワンシーン、ワンシーンを熱く語ったことは忘れないと思う。
福岡の友達も本当に優しくて、俺の人付き合いに対するコンプレックスを克服できたような気がする。
それは訪れる。
少し前、東京の友達が仕事で福岡に来ていた。来て早々に携帯をなくしてしまったーとなんとも浮かない顔。俺も指定された時刻にホテルのロビーでかろうじて待ち合わせした。「どうやらタクシーに忘れたみたいだ」「運転手のおじさんがiPhoneのロックを外せないから電話に出れないんじゃないか」いろいろ言ってたけど、彼が携帯をなくしたことは知ってるだけで数回ある。しかも、今年に入って財布もなくしたらしい。おまけにぎっくり腰になって、体調崩して…と今年はとことんついてないらしい。居酒屋では自分の近況やら、共通の友人の噂話やら、くだらない話。あらかぶの刺身を初めて食った。普段飲まない焼酎も意外とうまいやんか。その後、すっかり日が暮れて肌寒い中を話しながらブラブラと歩いた。なんとなく右に入る通りを覗くと電信柱のあたりに何かいる。街灯が1つもない暗闇の中に紛れているけれど、それは確かにいる。女だ。固まってる俺を見て友達は”ここは右に曲がるのか”と勘違いしてその通りに入っていってしまった。「そこ、誰かいるよ」と後ろから呼び止めると「え?…うわっ!うーわ!」と言いながら引き返してくる。「あれなんなの〜??」「風俗かなあ」なんて言いながら、帰りにもう一度通るとその通り自体がなくなっていた。さっきまで「いろんなものが1カ所に集まっていて福岡いいねえ」と話していた友達が「もう絶対福岡来ない!」と断言して帰っていった。ヒャヒャヒャヒャヒャ。もの凄い形相だったのだ。
“誰が言う何に傷つくのかわからないけれど、傷つきやすいから傷つくことでなんかさあもう傷つきたくないのです”
「羽田空港からバスに乗ろう」ひさしぶりに会う友だちは最初ちょっと気まずくて。人見知りって柄じゃねえけれど。
河馬くんの家で猿くんと3人でVHSの「ブエノスアイレス」を観る。劇中のセリフをほとんど覚えてる猿くんと“「ブエノスアイレス」はゲイ映画の金字塔だ!”と熱く語る。でも、結局さいごは「こいつが一番かわいい」とかのはなしになる。ふたりの趣味はオレには理解できない。
吉祥寺に行った日はとにかく天気がよくて暑かった。「あーこの長そでいらねえなあ」と思ってると、待ち合わせしてるまきくんがいた。「こんにちははじめまして」なんだかそのあと4人で井の頭公園で大道芸を見た。ショーのあとにみんながちゃんと帽子にお金をいれてるから「そんなにおもしろかったんや」と言うと「いや、かわいかった」というはなしになった。ああ、はあ。
晩飯を食ったタイ料理の店でパクチぎらいなまきくんが死にかけていた。ここで修行しなっせ。
そのよる、猿くんはすごくすごくたのしそうに携帯でメールをしていた。こんなにたのしそうにメールができるのはいいことだ。
3日目、さいたまに向かった。念願のレディオヘッドのライブ。会場がまっくらになって「おお!」と思ってると、となりにいるはずの河馬くんがはるか前方に流されていった。さよなら河馬くんアニョハセヨ。アンコールの「everything in its right place」がいちばん好きだったなあ。終演後、河馬くんを見つけると「トム・ヨークかわいかった」とにんまり。たしかにかわいかったなあ。いくつなんだろう。シガーロスもかわいいのかなあ。なんてくだらない感想のほうがオレには似合う。
なんだかわかんないうちに福岡にかえっていた。猿くんの言葉を借りれば「夢のようだった」なあ。
どうでもいいけれど、ふたりの趣味はオレには理解できない。いやあ東京、かわいかったあ。
北九州のリバーウォークという商業施設に行ったとき、道に埋もれたカバを見つけた。よういちが「あ、トラウトみたくね?」と言う。オレも「おーカバカバ!まじトラウトに似てる!」と言いながらまたがる。東京のカバ似の友だちはオレの大切な友だちのひとり。オレの友だちをよういちに紹介する。ただの自己満足かもしれないけれど、大切な人には大切な人を紹介したくなっちまう。