“恥ずかしい”という感情。
これを失うと人間は衣服を脱ぎ、その場で用を足しはじめるだろうから、社会的に必要不可欠な感情である。
みんな一体どのようなことが恥ずかしいのか。
考えてみてもわからない。
それもそのはず。
恥ずかしいことなんて、人それぞれ。
1つの物事をみんながみんな同じように恥じることはない。
誰かにとっては死ぬほど恥ずかしいことでも、僕にはなんてことないこともある。

さて、かく言う僕は何が恥ずかしいのか。
恥ずかしいことはたくさんあるけど、やはり格好つけてる部分が露わになってしまうことが恥ずかしい。
化けの皮が剥がれるというやつである。
化けてるつもりがなくても、人間はいつだってキグルミ着て生きているようなもんだ。

仕事は充実しているように自分でも思い込んでいたけど、今さらそうでもないと思い知らされる。
ものを売るために我慢してることが山ほどある。
仕事は結局、我慢である。
どこまでも忍耐である。

人間関係もいまだに上手くやれない。
びっくりするようなメッセージを夜中に発信していることがある。
この「夜中に」というのがポイントで、夜中にブログに投稿した内容があまりにひどく、朝起きて慌てて削除したことが何度もある。
僕は0時を過ぎると妄想の世界に陥り、そこから世界に怪文を発信する悪癖がある。

忘れたふりして、誤魔化して生活していても、生活の端からまた恥ずかしいことが生まれて分裂して増殖し、拡散されていく。
人生はなんでこう恥ずかしいことばかりなのか。
恥ずかしそう背中を丸めて歩いていく昨日の恥を見やり、今日の恥はグラスに残った水を飲み干す。

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