高校3年時に付き合った男とのやり取りは今考えると滑稽なものだった。
「俺はゲイじゃないし、将来は女と結婚する」
「僕もそうだよ。Aが好きだし」
「俺なんか彼女いるし」
自分たちの関係をひたすらに否定して、ならいっそ会うことをやめればいいのにずるずると続けた。
そんなひねくれた形の恋愛が人を幸せにすることは決してないわけで、当然のように不安で不幸だった。
相手は声変わりをしていなかったので、クラスでもオカマキャラ扱いでからかわれることが多かった。
必然的にクラスの間でも「二人は怪しい」とよく言われた。
否定しながら、だんだんと否定することが面倒に感じたけれど、やはり最後は否定した。
数人の友達には本当のことを話してもよかったのかもしれない。
でも、僕が喋るとそれは二人とものカムアウトになってしまうので、自分の意志だけでするわけにはいかなかった。
それは大学に進学しても、社会人になってからも同じで、高校の友達には最後まで真実は言えなかった。
彼が本当にノンケとして生きていきたいと考えていたのは知っていたから、裏切りたくはなかった。
あの時どんな気持ちで1年間過ごしたか、仲がよかった友達にはいつも話したかったし、察してほしかった。

僕は別れた人の幸せを願うことはほぼないのだけど、彼にはできれば幸せな家庭を築いていてほしい。
子供だってどうにかなるだろう。
訳ありな環境で育った彼は家庭に対する憧れが人一倍強かった。
でも、たぶん結婚してないだろうなと思う。
たぶん。

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