息をきらして走り抜けていく想い

こういうことは「事故」にようなものかもしれない。
無防備なときに予告なしに訪れる。
今日、市内の公園で友達と缶コーヒーを飲みながら、弾き語りを冷やかしていると突然目の前に大学時代の友人が現れた。
通り過ぎるようなかんじだった。
でも、オレは目が合った。
少なくともオレは彼の目ん玉が見えた。
その目は怒っていた。
世間や社会に対してなのか、公園に群がる夏祭りの群衆に対してなのか、でもその目こそが彼らしさなのだ。
いまから10年前、通信制の高校を経たオレにとって、全日制の私大に行くことは大きな不安だった。
「いまからまた普通のひとに混ざる」と意識してしまうと身がすくんだ。
そこで一番親しくなったのが彼だった。
初めて人の家に泊まったり、初めて人に自分の書いた詩を読んでもらったり、そしてそれに絵を描いてもらった。
彼がコードに合わせて作った曲はやけに明るくてポップで青い空を小鳥が飛ぶような歌詞ばかりだった。
でも、その反対側に闇があった。
オレは最後までその闇がなんなのかわからなかった。
わかりあうなんてキレイごとだけれど、それはたしかに広がっていた。
そして、ある日オレはそれに触れてしまう。
「自分だけがツライと思うなよ」大学構内でワンパンチで吹っ飛んだオレに彼が吐いた言葉は正しくて正しくて今もオレのなかで生きている。
そのとき以来やめていた伊達メガネを今日オレは久しぶりにかけていた。
ケンカをしてもケンカをしても仲直りしてきた。
だからこそ、これ以上ゲイを偽って付き合うのは苦しい。
コップから水が溢れるような気持ちで口をついて言葉は出た。
「いや、話したい…こと…あってさ」
「なんよ」
「え、いや…」
「ん?なんだよ今さら」
「オレ、ゲイ…なんだよね」
「え…お前、男好きなん?」
「うん」
「うえ。気持ちわる。じゃあ友だち終わりだね」
「あ」
3年間の仲を簡単に壊したこのやり取りを時々思い返す。
どこかに問題がなかったのか。どうにかならなかったのか。
彼が電話をきったとき、実はオレは数日経てば連絡があるような気がしていた。
それぐらいあっけなかったから。あっけなすぎて理解できなかったから。
母親、友達にカミングアウトして受け入れてもらって、いい気になっていたオレのカミングアウトはこの後一切なくなった。
ノンケの友達と本気で付き合うこともやめてしまった。
だから、いま周りにノンケの友達がいるのが不思議な気持ちにすらなる。
それでもカミングアウトはやはりこわい。
最近、少し親しくなれそうなノンケの友達がいるのだけれど、帰り道にどんどん億劫になった。
手ぶらだったなあ…髪長かったなあ…なにしてんだ?こんな時間に。
いろんなことが思い浮かぶから意識的にもみ消していく。
それでも、思う。
ゲイだけがツライわけじゃない。
傷ついた瞳が投げる想いがいまもくすぶっているように。揺れる肩をただ見ていた。

2 comments

  1. 人を信じることッて自分の気持ち次第だよね。

    相手に信じてほしいなんて、ゆだねてしまうけど。

    だから、時間や年月は関係ないのだろうね。

    どんなに長くても、一瞬でも

    自分に少しでも迷いがあるその時から、

    入り込んでゆく人を信じられなくなるスパイラルに

    その人に自分を、わかッてもらいたいと思うのではなく。

    その人のことをあきらめずにもッと知ろうとする

    気持ちが大切なのかなぁ・・・。

    迷いや不安に打ち勝つものとはなんぞや・・。

    自分のことで、手いッぱいの、おいらには、

    いッたい、これから先には

    何がノコルのだろうか・・・。

    またしても迷いや、不安のくりかえし。

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