我、死ねないゲイとして往く。

どこぞの中学3年生が自殺したニュースがよく流れてる。
万引き犯と間違われて、高校入試の推薦枠から外されたのが原因だと。
その理由がもっともなものなのか、それぐらいのことでというものかは人それぞれだけれど、人生において死にたくような危機は時々訪れる。
しかし、その一線を飛び越えるのはまた別の話。
どんなに辛いことがあっても、死ねない人は死ねないと思う。
少なくとも僕はそうだ。
苦痛への恐怖が勝ってしまい、この人生において、自殺で死ねそうにない。
その臆病さがいいことなのか、悪いことなのかはわからないけれど、死ねなかったからここにいれるわけで、そう考えるとやはり臆病で良かった。
少なくともそういう意味では臆病で良かったのである。

どんなに前向きな人間でも真っ暗闇の中において、その先行きに不安を感じない人間はいない。
いつ明けるのかの目安がなければ、闇は心を蝕んでいく。
それでも、死ねなかったから、何の事はない。
時間が過ぎ去り、夜が明けた。
痛い、怖い「死」で良かった。
痛くもない、怖くもない「死」ならば、とっくに我が身は滅んでいた。
前を向いて歩く必要はない。
ただうろたえていても朝は近づいている。

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