diary

自分が何であっても貴方が誰であってもここがどこであろうと2

恋人だろうが友達だろうが、家族だろうが仕事だろうが、遠距離ということがマイナスに働くことは確かに多い。昔付き合った相手は、”当時東京に住んでいる友達しかいなかった俺”に「友達は近場に作るべき」と諭してきた。そのとき、俺は「たまにしか会えない東京の友達だけど心はしっかり繋がっている」って言い返したけれどすごく悔しかったのを覚えている。
それから何年も経つけど今は逆にこう思う。「浅くてもいい。なんでもいい」
“深い”とか”浅い”とか”会う回数”とか”メールする回数”とか、そりゃ俺も気になることもあるけれど、でもそんなことがどうでもいい。俺はその東京の友達を週末に誘えないのは寂しいとは思うけど、あの古いゲイ映画を観ながらワンシーン、ワンシーンを熱く語ったことは忘れないと思う。
福岡の友達も本当に優しくて、俺の人付き合いに対するコンプレックスを克服できたような気がする。

それは訪れる。

カテゴリー: 友達, 想うこと

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コメント (2)

2件のコメント»

  1. こちらこそお世話になってます(笑)
    狭い世界でしか生きてこなかったので、たかひんと知り合ってからずいぶん色々と考えさせられることや発見があって勉強(?)になります。
    これからもよろしくねー!

    コメント by ryo-ta — 2010年10月22日 @ 11:53 PM

  2. >>ryo-ta
    りょうちん、クッション買った??
    うちの親も買いたいってさあ
    みんなでやるべ!!

    コメント by たかひん — 2010年11月8日 @ 1:04 AM

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