写真を撮ること。

2002年くらいの写真

写真。
昔は頻繁に撮っていましたが、最近は落ち着きました。
まほろば君と付き合いだした頃は印刷したものをスクラップブックに綴じていたのですが、去年あたりから作ってません。
少し寂しい感じもしますが、それが自然な気もします。
会うたんびに1冊作っていたので、あのペースで作り続けるのは無理があります。
かといって、パタッと途絶えてしまうのは極端過ぎますね。
でも、同棲を始めると一緒にいることがデートではなく生活になってしまうからかもしれません。

実家の家族のアルバムも最初は紙で各写真ごとに注釈が入って並んでいます。
「初めて、動物園に行った。泣いてばかり。」とか、「自転車に乗った」とか成長記録です。
長文で事細かに書いてあります。
それが僕が小学校に入学するあたりでアルバム自体がパタリと途絶えてしまいます。
その頃、夫婦間に亀裂が入ることがあったみたいで、そんなこと当時はまったく知りませんでした。
僕の家は自分が原因で家庭崩壊していたのだと思っていたのですが、その前にとっくに壊れていたようです。
母に聞くには、兄は今、実家とまったく同じ家庭を作っているようです。
兄は内面が父にそっくりなので、同じような男が同じような妻を持ち同じような状況を作り出すことも当たり前の気がします。
結局人は自分が生まれ育った家庭しか作れないのかもしれません。
そんなにキレイになぞらなくてもいいのにと思いますが。

写真は不思議です。
どんな写真でも10年経てば宝物になります。
くだらない写真、家の前の道路を撮ってるだけでも。
もう縁がない人なんかはその写真のイメージしか残りません。
横顔だけだったり、笑ってるところだけだったり。
だから、写真に映るときは笑顔のほうがとりあえずいいと思います。
楽しくないときに写真を撮ることはあまりないですから。

この記事も読まれています。

スポンサー広告

← Previous post

Next post →

3 Comments

  1. Cheyanna

    That’s a qutci-wkited answer to a difficult question

  2. takataka

    素敵なコラムだねぇ。
    写真は、正直って、
    真実を、撮すって良くいいますが
    まさにそうだなぁ。
    動画のように、喋らないけれど
    何か語りかけてくれる。
    自然と、笑ってしまったり、
    涙がでてきたり。
    タカヒンくんは、
    何もかくさずに、本当の自分と、
    ちゃんと向き合っているので、
    ちゃんと自分の写真も、
    のせている。だから、
    気持ちも、伝わる。
    きっと写真って自分の心の中
    を、鏡のように、うつしている
    のだと、思います。
    久々に、感動した・・。

コメントを残す

© 2016 POTI.ONE-ONE / ぽちわんわん