エレファントカシマシの新曲をなんとなく試聴しながら、そのますますねちっこくなった歌声に「ああ、この人も歳食ったなあ」なんて歌の意図とは違う意味で感傷に浸ってしまいます。
新曲が新曲に聴こえないんです。

楽曲を制作する人間がチェンジしない限り「ネタ」は必ず尽きますよね。
ぼくの手持ちのCDの8割はファーストアルバムです。
昔から1枚目を重視で購入することが多く、2枚目、3枚目となるにつれて買うときのボーダーラインはあがります。
それぐらいに1枚目のアルバムは美味しいんです。
デビューするまでの人生の縮図はほぼ1枚目に注がれます。
2枚目に収録されるのはその続きからです。
必然的にだんだん薄くなります。
詞、メロディ、アイデア、そして何より魂のようなものが薄まります。
例えば1人で30曲作ったら似たような曲が必ず出来ます。
そこで「この人、才能が枯れたね」と言われないようにするのが、アーティストの腕の見せ所だと思います。
音楽不振のJ-POP界では圧倒的にオリジナリティが強いか、クオリティを高く維持している人だけしか生き残れません。
「スガシカオ」や「aiko」などは毎度毎度似たような曲ばかりですが、オリジナリティが強く他の追随を許しません。
独占企業です。
椎名林檎や槇原敬之は我の強い曲を出すことより、いろんなジャンルの曲を器用に作る職人です。
小室哲哉はひたすら右から左へのコピペではありますが、いいところをつなぎ合わせることにかけては天才です。

そう考えるといろんな人から提供された楽曲を歌う方が無理せず長くやっていけるような気がします。
しかし、歌うだけの歌手になるためには歌の上手さより、魅力的な声質、そして圧倒的な運が必要になります。
だからなろうと思ってなれるものではありません。奇跡です。
「中島美嘉」「持田香織」「Crystal Kay」「salyu」などはよく生き残ってるほうです。(まあ最近はみんなやばいけど)
「平井堅」のように自分で作ったり人からもらったりするのが一番美味しいのかもしれません。
作詞作曲編曲まで1人でやることが多い人は作れば作るほど辛いです。
編曲で最後に他人のエッセンスを加えることすら出来ないからです。
誤魔化せません。
「宇多田ヒカル」は最後のベストアルバムは女王の「ネタ切れ」を感じさせました。
「山崎まさよし」ももう叩いても何も出てこないという感じです。
ネタが切れたら休暇をとるのが一番だと思いますが、時間の流れだけは世界一早い日本の音楽界で休むことは自殺行為です。
そういう意味では9年空けてアルバムをリリースした「川本真琴」のふてぶてしいマイペースをみなさん見習うべきです。

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